債務名義の取得と執行証書

売掛金回収・未回収の分かれ道

画像はイメージです。実際とは異なる場合があります。

債務名義とは

債務名義という言葉自体、売掛金回収の実務に当たられている方や法律を勉強された方でなければ、あまり耳慣れないものかもしれませんが、債務名義を取得することは、万が一の際の売掛金回収に大きな意味を持ちます。

取引先に対する売掛金が未払いになっている場合、裁判所の力を借りて差押え等の強制執行を行おうとしたとします。その強制執行を行う前提として必要とされるのが債務名義なのです。逆に言えば、債務名義を取得していなければ強制執行が行えないということです。

債務名義は民事執行法に定められている用語で、具体的には確定判決などを指します(※1)。

債務名義の取得方法

この債務名義を取得するための手段や方法はさまざまですが、いずれもそれなりの手間がかかります。債務名義の種類の一つである確定判決を得るためには裁判所に訴状を提出して、少なくとも1回以上の口頭弁論(※2)を行います。

簡易裁判所に支払督促(※3)を申し立てて仮執行宣言を得ることができればこれも債務名義となりますが、支払督促に対して取引先から異議申立てがあれば通常の口頭弁論に移行しますから(※4)、やはり手間がかかります。

執行証書とは

売掛金回収の実務において、もっとも手間がかからない債務名義は執行証書です。執行証書とは、債務を履行しない場合に裁判所による強制執行を認諾する文言が付された公正証書のことです。通常、債務名義は裁判所の手続によらなければ得ることができませんが、執行証書は裁判所の手を煩わせることなく、公証役場で作成してもらうことができます。

執行証書を作成するタイミング

取引先が代金(売掛金)を「お金がないから」支払わない場合、取引先からは「しばらく待ってほしい」あるいは「分割弁済にしてほしい」との申入れがあるのが普通です。そのような申入れがあったら、約束を反故にされた場合に備えて、債務名義をスムーズに取得するため執行証書を作成することを条件としておくとよいでしょう。これによって、後々売掛金が未回収になった際の対応に大きな効果が表れます。

裁判所で争う場合、どの裁判所が担当するか、管轄に関する定めがあります(※5)。しかし、公正証書を作成する場合の管轄はありません。みなさんの会社が東京にあり、取引先A社が大阪にあっても、みなさんの最寄りの公証役場で執行証書を作成してもらうことができます。A社にわざわざ東京に来てもらう必要はなく、A社から委任状をもらってみなさんの会社のどなたかをA社の代理人とすれば足ります。

執行証書の作成費用

執行証書(強制執行認諾文言付公正証書)を作成するために要する費用は公証人手数料令で定められています。(日本公証人連合会のホームページをご参照)。訴訟手続によって債務名義を得るための時間やコストと比べると格段に少ないコストで済みます。取引先からの支払い延期要請などの際に執行証書を作成する場合には、費用を相手方に負担してもらうのも一つの方法です。

執行証書の作成期間も考慮すべき

前述のとおり執行証書は、債務名義取得のための手段の中では、コストも少なく手間もかからない方法ですが、それでも作成するためには下準備等も含め1週間程度はかかります。そのため、取引先から支払い延期要請があった場合であっても、その内容(延期期間や売掛債権金額、取引先の財務状況等)によって、執行証書を作成するかどうかを判断する必要があります。

執行証書作成の目安は、未回収の売掛金の債権金額

執行証書作成の目安は売掛金の債権金額

執行証書を作成する際の具体的な判断基準は、企業の考え方や自社の状況などにより異なりますので、各々の考えに委ねられますが、目安として未回収の売掛債権額で判断する方法もあります。

売掛債権額が140万円を超える場合

訴訟の目的の価額が140万円を超える場合は地方裁判所の管轄となります。地方裁判所で争う場合は弁護士を訴訟代理人としなければなりません。会社の代表者や支配人であれば自ら法廷に立つことができますが、それほど時間もないでしょうし、慣れていないと結構面倒です。

売掛債権の未回収金額が200万円だとすると、弁護士に支払う着手金と報酬金(勝訴の場合)は48万円(24%)程度です(日本弁護士連合会のホームページを参照)。会社の顧問弁護士であればディスカウントしてくれるでしょうし、もっと安く引き受けてくれる弁護士もいるようですが、それにしても売掛金に含まれる利益部分以上が吹き飛んでしまいます。それを考えれば1万円足らずのコストで済む執行証書を作成しておくという判断は合理的です。

売掛債権額が60万円を超える場合

訴訟の目的の価額が140万円以下の場合は簡易裁判所の管轄となります(※6)。簡易裁判所では弁護士でなくとも、裁判所の許可を得て会社の従業員等を訴訟代理人とすることができます(※7)。

ところで、簡易裁判所には訴訟の目的の価額が60万円以下の場合、原則として1回の口頭弁論で審理が終結する少額訴訟の制度が設けられており(※8)、簡易迅速に債務名義を取得することができます(貸金、売掛金等の金銭の支払請求を目的とするものに限定されます)。少額訴訟は同一の簡裁で年10回までしか利用できませんが(※9)、貸金業者ならともかく、一般の事業会社がこの制限に引っかかることはまずありません。

この少額訴訟手続が利用できないような、売掛債権額が60万円を超える場合は執行証書を作成しておくというのも一つの判断基準です。

※1 民事執行法 第22条
※2 民事訴訟法 第87条
※3 民事訴訟法 第382条
※4 民事訴訟法 第395条
※5 民事訴訟法 第4条~第22条
※6 裁判所法 第33条第1項第1号
※7 民事訴訟法 第54条第1項ただし書
※8 民事訴訟法 第368条以下
※9 民事訴訟規則 第223条