【企業経営とリスクマネジメント】せっかくの支援策をモラルハザードにしない

支援策をモラルハザードにしない

画像はイメージです。実際とは異なる場合があります。

高まるリスクと金融支援

新型コロナウイルス感染症の蔓延に加えてロシア・ウクライナ戦争が勃発、円安もあり米中摩擦もありというビジネス環境では「これほどまで多種多様なリスクが同時に高まった時は稀だ、どうすれば良いのだろう」とお感じの方が多いでしょう。

複数のリスク要因が干渉し合いながら企業を襲っているので、影響の方向性や程度を測りにくく、対策も立てにくいのです。実際、多くの中小企業がこれらリスクに翻弄され、中には大きな影響を受け、時には屋台骨を揺るがされています。

前代未聞といえるこれらリスクに遭遇する中小企業に対して政府は、こちらも前代未聞といえる支援を行いました。まずは2020年早々に準備された金融支援策で、日本政策金融公庫や商工組合中央金庫という政府金融機関による直接融資のほか、信用保証協会による信用保証を拡大することで利息・信用保証料が実質免除される民間金融機関融資「ゼロゼロ融資」が設けられるなどしました。

また転業に必要な資金を支援する「事業再構築補助金」など今までなかった補助制度を設けたり、ものづくり補助金や持続化補助金など既存の補助制度が大幅に拡大される、従業員の休業を対象にした休業支援金・給付金が設けられるなど、未曽有の脅威にさらされる企業への様々な支援策が用意されました。

モラルハザード

一方でリスクマネジメントの世界では、リスク対策が執られたことでリスクに注意・対策・対処しようとする意識が希薄化してしまうなどの「モラルハザード」が問題視されています。

例えば自動車事故の損害に備えるために保険に加入するのは当然ですが、高額な保険に守られていることに安心して運転が乱暴になって事故を起こすのは、典型的なモラルハザードです。高額な入院保障が得られる保険に加入しているので暴飲暴食になるという現象も指摘されています。確率論的に発生し得る損害に備える策により、損害が発生する可能性を自ら高めたのでは意味がありません。

中小企業への資金支援におけるモラルハザードは今まで、「政府のバックアップ(普通は部分保証で金融機関の負担分があるが、コロナ対策等の特別保証では100%保証)があるので、金融機関による審査が甘くなる」という側面が指摘されてきました。実際ここに来て、会計検査院や金融庁が金融機関のモラルハザードを問題視していると窺わせる報道を耳にすることがあります。

一方で金融支援により企業の側にもモラルハザードが生まれていないか、考える必要があると感じています。景気変動や産業構造の変化が生じた場合、通常なら企業はビジネスの改善や見直し(営業・マーケティング活動強化、製造・販売する商品の改善・変更、新規顧客・市場開拓、新分野等への進出)などにより順応しようとし、それらを行うため、そして企業として持続する備えとして資金調達を試みます。

一方で危機に瀕してすぐ、これらを考えるよりも前に資金調達の目途がついたためビジネスの改善・見直しが行われなかったとすると、それはリスク管理の用語では「モラルハザード」と呼ぶべき現象だと思われます。

それは是非とも回避しなければなりません。景気の悪化により事業が立ち行かなくなるという、いわば確率論的に発生し得る損害に備えるために設けられた公的支援により、中小企業が安心しきってしまい破綻する可能性を高めたのでは意味がありません。

モラルハザードのもう一つの意味

また、モラルハザードには別の側面もあり、こちらの影響も大きく、時には社会に深刻な悪影響を与える可能性があることにも注目したいと思います。先にモラルハザードの一例として「自動車事故の損害に備えるため保険に加入、それに安心して運転が乱暴になって事故になってしまった」を挙げました。

それは本来なら個人が負うことになる損害を、半意図的に保険会社に付け替えたとも解釈できそうです。このような事態が多発すると、保険会社としては当該保険の保険料を引き上げるなどの措置を行わざるを得なくなります。時には廃止を考えるかもしれません。

企業支援として行われる金融支援についても、同じことが言えると思います。金融機関による「審査で手抜きをする」というモラルハザードも、企業による「行うべき事業改善・見直しが疎かになる」というモラルハザードも、結果的には政府の負担になります。

それは一部の企業・金融機関が負うはずだった損害が、国民全体の負担として付け替えられたことを意味します。支援措置を用意することにより避けられた損害が、支援措置がなかった場合の損害よりも有意に少ないという確証を持ち得なければ(統計・推計でもって証明できなかったら)、政府としては制度そのものを見直さざるを得なくなるかもしれません。

今後に、コロナ禍のような急激・大規模な経済的インシデントが生じた場合であっても、今後は、今回のコロナ禍で行われたような支援策が設けられない可能性があるかもしれない、ということです。

まとめ

以上のように考えると、支援策を利用して資金調達した企業の皆さんには是非とも、ビジネスの改善・見直しに取り組んで頂きたいと感じています。それは中小企業である皆さん自身にとって最善の選択肢であるばかりか、万が一の場合でも安心して事業活動を行える社会インフラ(政策)の維持に貢献する取り組みだと言えます。