【企業経営とリスクマネジメント】物流の2024年問題リスクに備える|物流クライシス

物流の2024年問題リスクに備える|物流クライシス

画像はイメージです。実際とは異なる場合があります。

新型コロナウイルス感染症の蔓延やロシア・ウクライナ戦争の勃発により私たちは予想できないリスク、それも保険等で管理するのは難しいリスクがあることを思い知らされました。一方で、保険等で管理するのは同じく難しいが、それが確実に来ることが分かっているリスクもあります。物流における2024年問題は、その代表例と言えます。このリスクについて考えてみましょう。

物流の2024年問題

<概要>


出典: 厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)

「物流の2024年問題」とは、働き方改革関連法によって2024年4月以降「自動車運転の業務」における年間時間外労働時間の上限が960時間に制限されることで発生する諸問題のことです。2019年4月に施行された働き方改革関連法では「同一労働同一賃金」と「年次有給休暇の時季指定」そして「時間外労働の上限制限」が定められました。時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間に制限され、労使間で36協定を結んでも年720時間に制限されたのです。

この施行は大企業では2019年4月、中小企業では2020年4月とされましたが、建設事業や自動車運転の業務、医師などは5年間猶予されました。トラックドライバーなどは2024年3月末まで時間外労働には上限規制なしとされ、2024年4月以降は36協定が締結していれば960時間が上限となったのです(これは一般則、すなわち上記以外の一般的労働者の時間外労働上限720時間より240時間多い時間で、何時か一般則に合わされる含みがあると言われています)。

では国内の運送業者はこの法律を守れる状況なのか?厚生労働省が2020年末に行った調査では通常月における時間外労働時間は以下の状況だったそうです。

  • • 時間外労働なし:20.8%
  • • 1時間未満:12.7%
  • • 1時間以上~4時間以下:48.1%
  • • 4時間超~7時間以下:14.0%
  • • 7時間超:4.3%

出典:厚生労働省「自動車運転者の労働時間等に係る実態調査事業(報告書)

年間の時間外労働時間960時間とは、一日当たりでは約3.6時間です(1カ月の稼働日数を22日で計算)。つまり「4時間超~7時間以下」と「7時間超」に該当する18.3%は960時間を超過し、「1時間以上~4時間以下」である48.1%の一部にも法定の上限時間をオーバーする者がいるという計算です。

物流における労働環境に係る問題には今述べた2024年問題以外に、もう一つの側面があります。労働基準法では月60時間までの時間外労働には25%以上、60時間を超える時間外労働には50%以上の時間外手当を支払うよう定めていますが、その義務は大企業に限定されていました。しかし働き方改革関連法により2023年4月で中小企業への猶予措置が撤廃され、以降は月60時間超の時間外労働に対しては50%以上の時間外手当を支払わなければならなくなります。

これまでドライバーによる長時間の時間外労働で支えられてきた運送事業者は、2.7時間を超えれば従来の倍額の手当を支払わなければならなくなると、これまでの方針を改めて時間外労働の抑制に努力せざるを得なくなるでしょう。

運送事業者だけの問題ではない「2024年問題」

以上のようにまとめると「物流の2024年問題とは、これまでドライバーに長時間の時間外労働を強いてきた運送事業者が今までのような甘い汁を吸えなくなるという意味だろう。個社としては大変かもしれないが、要求内容は他の事業者並みに合わせることなので、歯を喰いしばって対応してもらうしかない」との意見もあるかもしれません。しかし、ことは単純ではないようです。一部の運送事業者で、なぜ長時間労働が常態化していたのか?理由は大きく2つあると言われています。

1つは、運送業におけるサービスが長時間労働を前提としていること。例えば計算上は時間外労働なく配送・帰参できるとされる案件について、実際は道路の混雑や荷受け・荷降ろしの問題(受け手不在のため再配達が必要になる、あるいは作業場が空くまで長時間待たされる)等により時間外労働になるのが通常であっても、実態は無視された料金設定がなされている等の事情です。

第2はドライバーの低賃金問題。ドライバーの賃金、特にトラックドライバーの賃金は低めであることが多いので、ドライバーは生活に足る収入を得るために意図的に長時間労働するという事情です。ではなぜドライバーの賃金が低いのか?運送業が高価なトラック・トレーラーを必要とする装置産業である一方で、運送料金の引き下げ圧力が強いからと考えられます。運送業の業務は差別化しにくいため、顧客は相見積もりを取ることで運送業者に強力な値下げ圧力をかけることができます。

またBtoBビジネスを行う運送事業者、特に中小事業者の場合、大企業である荷主が「現在、不況なので」とか「当社の業績が振るわないので」などの理由で値下げを要求されると、取引確保のために受けざるを得ないことが多いのです。あるBtoB運送業者は「リーマンショックどころか、その前のITバブル崩壊時に料金引下げを求められて以来、未だに回復してない」と言っていました。

このような状況で2023年そして2024年を迎えたら、どうなるか?少なからぬ中小運送業者が時間外労働を短縮せざるを得なくなるので、運送事業の供給そのものが減少する可能性があります。

比較的体力のある運送事業者には、単価の高い仕事しか受けないという「逆選択」でビジネスモデルを転換できるかもしれません。では、その他の事業者は買い叩かれ続けるのか?事態はもっと、危険な状況かも知れません。そのような運送事業者も法律は守らなければならないので、安価な運賃のままで事業を続けることはできなくなり、日本の運輸業界に激震が走る可能性があるのです。

一方で、運送事業者に低料金を求めるユーザーにしても意地悪でやっている訳ではなく、自社事業を回していくには経費を削減するしかない、という事情があります。このように「物流の2024年問題」は、ひとり運送事業者の問題だけでなく、顧客も巻き込んだ問題、あるいは「安い日本」を反映した社会問題であると考えることもできるでしょう。

分かり切った方針と、見当がつかない最善の措置

以上のように考えると、物流の2024年問題に対処するには、運送事業者をはじめとした、しかし運送事業者だけでなく顧客(企業)も巻き込んだ取組が必要と分かります。理想を言えば「運送効率を向上させて、所定時間内に配送・帰参が可能な体制を築くこと」と「運転手に十分な賃金を(時間外労働なくても)支払うこと」、そして「運送事業者が以上を行っても持続可能なビジネスモデルを描くこと」の3つを成立させることが基本的な方針です。

しかし、これら方針は自明ではありながら、実際にどうやって実現していくのか、具体案は簡単には見つかりません。ましてや何か1つの特効薬と言える措置を執れば万事うまくいく、という性質の問題ではありません。

まず事業者から自己改革を始める

このような状況を、どうしたら打破できるか?最終的には先にも述べた通り顧客あるいはもっと広く社会を巻き込んだ取組が必要ですが、現時点で取組をスタートさせるのは運送事業者の役割となるでしょう。自社自らの戦略を描き、取り組むのです。

第1に考えられるのは、ドライバーに長時間労働させない業務プロセスを築くこと。中でも荷受けと荷降ろしにかかる時間、特に待ち時間を削減できる策を顧客と協力しながら検討し、実行することがポイントです。これに加えて付加価値を高めることも重要。荷受け・荷降ろしをジャストタイムで行えることや、荷崩れや梱包・固縛による破損等を回避する高品質(裏にはドライバーの教育訓練がある)を保証するなどして「適正価格で選ばれる」を目指すのです。

2023年の時間外労働への割増率アップと2024年の上限時間削減により、運送事業者の間で地殻変動が起こり、これらの取組を実施・実現できる運送事業者と、実施しなかった・実現できなかった事業者の差別化が進むでしょう。その荒波を生き残れる企業を、目指すのです。

遅過ぎることのないように歩みを進める

以上、物流の2024年問題について考えてみました。理想の方向性は見えているが、具体策として特効薬と言えるものはないという問題について、早めに検討して我が社の戦略を決め、PDCA回しながらブラッシュアップすることが大切です。早く始めれば始めるほど、PDCAサイクルを多数回すことができ、改善度合いが高まると考えられます。

日本は(日本人は)、このような問題の対処が下手な国民性なのかもしれません。筆者が思い出すのは年金問題です。少子高齢化が進むと賦課方式(現世代の高齢者を、現世代の若・壮年者が支える)では若・壮年者の負担が高まるにもかかわらず、高齢者を十分に支えることができなくなります。これが現在の姿です。

積立方式(高齢者は、自分が若・壮年時代に積み立てたお金を年金として受け取る)に変えると、少子高齢化の弊害を最小限に抑えることができます。実は、このことは1980年頃に実際に話題になった(大学入試で出題されたほどです)にも関わらず、日本は決断できませんでした。それが現状に繋がっています。時間は戻せませんが、1980年代にしっかりと検討・対応しておけば、今は随分と違った風景を見ることができたでしょう。物流の2024年問題も、できるだけ早く対応することが、少しでも良い結果が得られるポイントになると考えられます。

参考:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説時間外労働の上限規制