上海モーターショー・アイスクリーム事件の概要
2023年4月最終週、衝撃的な事件が発生しました。中国上海市で4月18日から27日まで開催され1,000社以上が出展して大盛況だった上海モーターショーのBMW小型車ブランドMINIブースにおいて、無料で配布されていたアイスクリームを訪問客(中国人女性)が希望したところスタッフ(中国人女性)が「終了した」と断ったのに、直後に来た者(欧米人男性)には手渡すという事象が発生、これを差別と指摘する動画がSNSなどで拡散、炎上したのです。さらに波及して中国各地でBMWのボイコット運動、果ては打ち壊しなどの騒動にまで発展しました。今回は、この事件からの教訓を考えます。
悔やみきれないほどの悪影響
今回の事態でBMWは、世界最大の自動車大国とも言える中国で手痛い失態をさらすこととなりました。BMWの2021年世界販売台数は252万台、そのうち3分の1である85万台が中国で販売されており、中国はBMWにとって欧州に並ぶ最重要市場だったのです。
またこの騒動はBMWへの業績懸念へと波及、欧州市場でのBMW株価は3%超(時価総額にして21億ユーロ:約3100億円)下落したと言われています。全ての希望者にアイスクリームを配布したとしても数十〜数百万円で済んでいたであろうにと思うと、この事件が莫大な金額的損害とブランドの毀損に繋がったことは悔やんでも悔やみきれないでしょう。
※参考:読売新聞オンライン”「アイス事件」怒り続ける中国、BMW不買運動も…抗議のため自ら買った大量のアイス配る来場者”
事件発生の要因と根底にある意識のずれ
この問題は、どうして生じてしまったのでしょうか?その捉え方は、実は様々です。第1として「お土産として提供する物品の調達個数を見誤り、不足があった」、第2として「現場で、悪気はないが一部の客に不満が発生しがちな対応が実行された」、第3は「一部の客に差別的な取扱がなされた」などが考えられます。考えようによっては、もっと他の捉え方もあるでしょう。
以上のように分析したのは、この問題についてBMWはすぐに対応したけれど事態は沈静化せず、逆に火を煽る結果となったからです。BMWは当初、この問題を「社内管理の不足とスタッフの怠慢が原因」と説明したとのこと、つまり上の分類では第1や第2の問題として対応しようとしたものと考えられます。しかしインターネット上で問題とされていたのは第3の差別的な取扱でした。この問題把握のずれが事態をここまで悪化させてしまった一端だと考えられます。
一方で「この事態は、本当に第1や第2が問題だったのかもしれない。客やインターネットで動画等を見た人々が勝手に第3を問題視しただけなのかもしれない。このような認識の違いを、どう受け止めたら良いのか?」という疑問があるでしょう。
もっともな感想だと思います。しかし「私たちには差別する意図は全くなかった。そこに差別だと感じた客や部外者が存在したことは、間が悪かったとしか言いようがない。これは事故なのだ」と考えたのでは、適切なリスク管理はできません。「差別との意図の有無に関わらず、差別と受け止められる事態を根絶する」との姿勢で対処する必要があります。
今回の事件から学ぶ教訓と対応策
事件から学ぶ教訓
今回事例からの教訓として2つ挙げられると思います。1つ目は、問題への対処時に自分の問題意識だけでなく相手がどのように受け止めて問題視しているかを考えること、2つ目は、相手が差別だと感じる可能性を鑑みた対処を含めておくことです。
事件を未然に防ぐ5つの対応策
これらの教訓を踏まえた対応方法の第1は、日常業務が適切に行われるようマネジメントすることです。この問題は、アイスクリームが十二分に準備されていたら発生しませんでした。ブースへの来客数やアイスクリームを希望する訪問客の割合を経験則等に基づき見積った上で余裕をもって発注していれば、差別だと考えられてしまう事象そのものが生じなかったのです。
第2は、現場では合理的な行動・発言を徹底することです。冷蔵庫の中に多少のアイスクリームがあるにもかかわらず「なくなってしまった」と発言するのは合理性に欠ける行為です。店舗などでの顧客トラブルは、多くの場合、非合理的な行動・発言に端を発しています。「私たちに都合の良い仕方で事を収めるためには、多少の嘘も仕方ない」という意識を許していると、思わぬところで大きな事件に発展する可能性があるので、合理性の徹底を心掛けましょう。
第3は、差別について啓発・防止する教育・トレーニングを行うことです。先ほど述べたように、企業側では問題がない、やむを得ないと見做している言動でも、客側では差別と感じる場合があります。事例研究などを取り入れながら顧客差別を行わないように意識を高めると共に、客側に問題なく受け入れられる言動ができるようトレーニングを行いましょう。また、従業員が個人的な経験等から差別につながりかねない意識を持っている場合もあることに配慮した教育・トレーニングも盛り込んでいきたいものです。
第4は、ガイドライン(指針)を設定することです。差別と受け止められやすい特定の発言や行為は、例え理由があっても行わないよう明示することで、トラブルを未然に防げます。
第5は、フィードバックを活用することです。顧客へのアンケートに「不愉快な言動はなかったか」、「避けて欲しい言動はあるか」などを聞くことで、以上の取組を効果的に行うことができるでしょう。同様に従業員同士で「Aさんの対応はルール的には問題ないはずだが、相手客には不愉快と捉えられていたようだ」などのフィードバックを行うことで、取組のレベルを高めることができます。
今、インターネットで「晒される」リスクが高まっています。特に差別と受け止められてしまう言動は、会社の信頼を損なって今後の可能性を潰すばかりか、既存顧客にも悪影響を与えて離脱に繋がり、ダブルパンチとなる可能性が高いのです。一方でこの問題は、人により考え方・受け取り方に違いがあるため、対応は簡単ではありません。かといって「とにかく下手(したて)に出ていれば問題は生じないだろう」という姿勢でいると、顧客と良好な関係は築けませんし、従業員も疲弊してしまうでしょう。
上に挙げた5つの対応策を実施して「自分にしてもらいたいように、他人にもする」黄金律の精神を浸透させることがポイントになると考えられます。
[simple-author-box]